流通によるプリントオンデマンドでの出版が現実のものとなった今、その活用の課題を考える。(2017年1月時点)

プリントオンデマンドとは

プリントオンデマンド(POD、 Print on Demand)の語義は「要求がありしだいすぐに印刷する」である[1]。印刷ビジネスではデジタル印刷機をつかって、小ロットの印刷物を短納期で製作する形態を意味するが、ここではPODと自動製本装置を組み合わせて本を製造するブックオンデマンドの意味で使う。

現在、PODで本を作るサービスを提供している印刷会社やプリントサービス会社は珍しくない[2]。印刷会社やプリントサービス会社にPODを発注するのは版元や著者であろう。版元や著者の見込みで部数を決めるという点で、ビジネスの仕組みは、PODであっても従来のインクによる印刷と製本方式と似ている。

流通によるPODの登場

2010年以降、リアル書店・オンライン書店・流通(取次)によるPOD(総称して流通によるPODということにする)が増えている。リアル書店によるPODとしては、三省堂書店が神田本店で2010年12月に始めたエスプレッソマシンによるPOD(三省堂オンデマンド)が有名である。これは、利用できるタイトルが予めデータベースに登録されており、顧客はそのリストから本を選択して注文する。書店は注文があってから本を制作する。1部作るのに30分くらいかかる[3]ので、複数の部数を注文するときは、電話などで事前に注文しておいてから店頭に行かないと待ち時間が長くなる。

オンライン書店によるPODの代表例は、アマゾンが2011年4月に開始したPODサービスである[4]。対象の本は、アマゾンで本を探したとき、「オンデマンド (ペーパーバック)」として表示されている。アマゾンのPODは、アマゾンプライムで朝に注文すると、地域によってはその日のうちに配送される。

Amazon POD

アマゾンではマーケットプレイスやe宅販売も行っているが、マーケットプレイスでは出品者が、e宅ではアマゾンの倉庫に紙の本の在庫をもつ必要がある。このため本を見込み生産し、在庫を管理しなければならない。これに対して、PODは、PDFを預けておき、注文がある毎にアマゾンが本を作るので、出版社や著者が見込み生産する必要がない。

このように流通によるPODは在庫ゼロのビジネスであり、従来の商業出版のビジネスよりも、むしろ電子書籍のビジネスに似ている。

POD取次

アマゾンPODは、Kindleの個人出版であるKDPとは異なり、現時点(2017年1月)では、誰でもアマゾンと直接取引できるわけではなく、取次会社を介しての取引となる。

インプレスR&Dや出版デジタル機構などPOD取次を行っている[5]。こうしたPOD取次会社にPDFを納品すると、同じ本をアマゾンだけではなく三省堂オンデマンドや楽天ブックスなどにも配信してもらえる。

流通によるPOD出版のメリット

流通によるPODではPDFを用意して流通会社に預けるだけで良いので、版元が本の在庫をもたなくて良い。従来の印刷方式では本を出版するにはある程度まとまった数の部数を準備する必要があった。すると、1タイトルだけならともかく沢山のタイトルを出版しようとすると、印刷のコスト・在庫の資金・在庫管理の負担が大きかったが、流通によるPODではこうした負担が完全に解消される。これからは、従来なら商業出版に縁がなかったタイトルが出版されるようになるだろう。

流通によるPOD出版のデメリット

デメリットは電子書籍と似ている。つまり、リアルの書店に配布されて棚に並ばないことである。このため店頭でふと手に取ってみるという出会いの機会がない。本は極端な多品種であり、タイトルや簡単な紹介文だけで選択するのが難しい。アマゾンのマーケットプレイスでは本のタイトルだけで注文するが、内容が期待はずれだった経験を持つ人も多いだろう。このように購入者側のリスクが大きくなる。

原則として受注に応じて1冊ずつ作成する。こういう方法ではベストセラーを出すのは難しいだろう。また仮に予想外に沢山売れても、現在は、PODによる1部あたり製造コストは印刷よりも高いので、売れても印刷と比べて利益が小さい。つまり流通によるPODの意義は、あくまでも、いままでできなかった少部数の本の出版ができるようになる、ということである。

POD用PDFの作り方

PODはPDFを入稿してデジタルプリンタで印刷する。例えばアマゾンのPDFの入稿ではPDFのバージョンは1.3とし、判型は新書判~A4であるが周囲に断ち落とし用の余白が必要など一定の制約条件が設定されている。CAS-UBのPDF生成にはアマゾンPOD用に変更するメニューがある[6]

注意すべき点は、紙の本をスキャンしてPDFにしたターンドデジタルPDFでは、ページ画像のカラーや解像度の設定とプリントとの相性が悪くて、印刷結果が読むに耐えないものになってしまうケースがあること。但し、そのような場合、アマゾンの負担で簡単に返品できる。デジタルで編集したデータから作成したボーンデジタルPDFでは、一般にはそうした問題はない。

PDFの版面レイアウト

テキストや図・表を一定の大きさ(版面)に読み易いように最適に配置するのは簡単ではない。 さらに本としての構成(カバー、タイトルページ、前書、目次、本文、後書、奥付)を適切につくり、改丁・改頁、柱、ノンブル、注を適切に配置するのは複雑である。商業印刷する本の制作は訓練された専門のDTPオペレータが受け持つことにより、一定の品質が確保されてきた。

アマゾンPODではマイクロソフトWordなどで作ったPDFでも取り扱い対象となるので、今後、版面レイアウトは玉石混交となるだろう。これを避けるために、初心者でも適切なレイアウトの本を作れるように支援するツールを提供したい。

流通によるPOD出版の課題

2016年2月に流通によるPOD出版のケーススタディとして「専門的書籍の新しい制作・流通のケーススタディとして『PDFインフラストラクチャ解説』学びと課題」を発表した[7]。その後、CAS電子出版としてPOD出版によるタイトル数を増やしてきた。本を出版する工程は複雑である。まず、本文内容の編集、章建てなど構成の編集、目次や索引の作成を行う。次に、校正作業、さらにレイアウト処理など様々な工程が必要である。従来は経験をもった編集者がこうした作業を担っていたが、出版の裾野が広がり、だれでも出版できるようになると、こうした上流の編集工程を支援するツールが必要になるだろう。

また、本を出版しても知られなければ全く売れないのは当然である。流通によるPOD本の販促は電子書籍と同じように販促が今後の課題である。